この9月、京男(きょうおとこ)と結婚した東女(あずまおんな)の娘に、玉のような男の子が産まれた。私にとっては初孫である。娘は東京の実家で産むつもりだったのだが、新型コロナ騒動でそれもかなわず、京都の自宅で産むことにした。
それを聞いて喜んだのは家内である。いそいそとネットで検索していたと思ったら、金閣寺にほど近いマンスリーマンションをすばやく契約した。年末までの契約だという。外国人向けなのだろうか、和のテイストがすばらしいアプローチを持つ素敵な2階建てのマンションだ。
なんと家内はあっさりと実家を京都に移動してしまったのだ。もちろん新型コロナで空いている京都観光も兼ねてのことだろう。悔しいのでどこに観光に行ったのかなどはいまだ聞いていない。つくづく子どもにとって実家というのは、建物や父親ではなく、母親のことなのだと感心した。
東京に一人取り残された私は、数十年ぶりに3ヶ月の自炊生活に突入することになった。もともと料理が嫌いではないので、それはそれで楽しいかもしれないと思っていたのだが、1週間目には夕食がワンパターンになってきた。毎日、自分が旨いと思うものだけを食べ続けてしまうのだ。
毎日セブンイレブンのシーザーサラダを2パック。チキンやローストビーフなどをサラダに散らすとこれだけでかなりお腹に溜まる。しかも、これが意外にも旨いので続いてしまう。近所のセブンイレブンは毎日これだけを買いに来る男を不審に思っているかもしれない。1週間目から仕入れ数が増えていた。
天下の文春だからとはいえ食べ物だ。力量を見るためにも、初回は慎重に食品を選ぶことにした。まずは毛蟹だ。一番むずかしい商品かもしれない。ダメならダメが一発で判る。文春マルシェのバイヤーの力量を試すことができる。
蒸し毛蟹。朝起きたらすぐに冷凍毛蟹を真二つにする。外から見ていたら朝から恐ろしい光景だ。パジャマで出刃包丁を振り回しているのだ。半身は冷凍庫に戻して、半身をドリップがでないように傾けて解凍しておく。1食分2500円になるが、一人でカニ一杯では量が多いのでつまみにならない。半身がちょうどよい。
蒸し毛蟹は身がぎっしり詰まっていて味が濃厚だ。北海道生まれの私にとってはカニといえば毛蟹であり、ズワイガニではない。懐かしさとともに、こんなに旨い毛蟹は人生初だなと感心することしきり。茹でると蒸すの違いなのだろう。なるほどなあとつくづく思う。
明石鯛の漁師漬けと自然薯とろろも買ってみた。もちろん、鯛の山かけ丼にするのだ。生わさびをすりおろして丼に乗せる。これが異常に旨い。いろいろやってみて判ったのは、コツは冷蔵庫温度ではなく室温で解凍することだった。
通販で買ったものをそのまま食べるのは気が引ける。単に組み合わせるだけでも、ひと手間かけた気がして、より美味しく感じることだけは確実だ。もちろんご飯はレンジでチンのレトルトごはんで十分である。
丼一杯分の自然薯とろろが500円なので、少しお高いように思えるが、外食にくらべたら、居酒屋の突き出し分の金額でしかない。味付けだが塩分も適量で、毎日血圧を測る身の上としてはありがたい限りだ。
通販グルメは工夫次第だとつくづく思う。組み合わせやひと手間をかけることで、ある種の罪悪感が薄れるし、なによりも美味しくいただける。一食分の金額がはっきりと判るのも面白い。海外ドラマを見ながらの、ながら食いをしながら、今日は1500円の食費だったけど、大満足だったなあと、マニア的な満足も得られるのだ。
家内は年末までには帰ってくるだろう。その前に明石鯛の漁師漬けを再注文しておこうと思っている。前回はすべて山かけにしてはふはふと食べてしまったのだ。次回は丁寧に出汁をとって、鯛茶漬けで食べてみようと思う。
成毛眞HONZ代表。元マイクロソフト社長
1955年、北海道生まれ。中央大学商学部卒業後、アスキーなどを経て、86年に日本マイクロソフトに入社。36歳で同社代表取締役社長に就任。 2000年に退社後、投資会社「インスパイア」、書評サイト「HONZ」を開設。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。産経新聞、週刊新潮、日経ビジネスなどに書評寄稿多数。代表的著書に『面白い本』『大人げない大人になれ』。雅号は「半覚斎」