ツマミとおかずとお酒と私
美人女将とマルシェ探索
に酔いしれた夜
私はバーテンダーで東京・銀座で長年バーを営んでいる。バーの中には料理を出す店もあるが、やはりバーではツマミである。昔お洒落な雑誌で、バーのマスターが教えるツマミ企画で3年ほど連載したのだが、編集者によく言われたのが「岸さん、これはおかずになりますね!」だった。恥ずかしながら私には“ツマミ”と“おかず”の区別が無いようだ。強いていえば量だろうか。少しだとツマミで沢山あるとおかず。
文春マルシェを探索するにはジャパニーズウイスキーのオンザロックが良い。行ったことのある所、知らぬ土地。気になる商品をクリックして、産地の風土と珠玉の品々の味覚を想像しながらウイスキーを飲む。ツマミとは案外こうしたものかと思った。そうして探索して選んだ品が届いた。喜び勇んで包装を開く私。“ツマミ”と“おかず”である。
まずは、プレミアム合鴨ロース。
重い。包みも立派なら紙箱も玉手箱みたいだ。これは贈答にも良さそうだ。たっぷりの出汁の中のロースは予想外に大きく、胸の抱身から手羽の元あたりまでの塊だ。メーカーおすすめの食べ方どおり薄めにスライスして、出汁をたれにしつつ、同封されている粉山椒に白髪ねぎを加えていただいた。上品である。

プレミアム合鴨ロース
¥5,616(税込)
カートに入れる
合鴨は自分でも幾度となく焼いたことがあるが、とにかく脂の量が多い。しかしこの合鴨ロースはしっとりしているが脂っぽくない。特徴は、焼いて脂を落とした後に出汁で煮ているのか、熱の入り方がどこの部分も良いのと、この出汁そのもの。端から切って中程に近づき、身が厚くなるそこら辺をまた分厚く切って、湯で熱くした備前焼の皿において温める。出汁大匙4杯位を小さなフライパンで煮詰めてソースにして辛子を添えた。ほんのり甘いポートワインといただく。ウーン、美味である。
ふつふつと食欲が湧いてきたところで、鴨せいろにすることにした。ロースでない部位もたっぷりとあってありがたい。まず、皮や周りのお肉をカットして正味のロースにする。ロースの皮目をフライパンでもう少し焼く。ロースを取り出しスライスして皿に盛る。そのフライパンで白ネギも焼く。周りのお肉は細かくカットしてフライパンで炒める。香ばしくなってきたら出汁を投入して煮る。少しだけ濃縮つゆで味を調えて、つけ汁完成だ。蕎麦をゆでて冷水でしめる。ローススライスは、その都度つけ汁に入れながら蕎麦をたぐるのだ。この鴨せいろは正真正銘プレミアムな一品であった。
お次はミニとろイワシ缶。
荷姿は潔い。弾倉に整然と込められた銃弾のようだ。缶詰の矜持を示す。缶詰はまさに保存食なのだが、肝は調理法にあると思う。密閉され高温高圧で調理された缶詰でなければ出せない味わい。このイワシ缶はその極みであり。正直おどろいた。
まず、青魚や缶詰特有のクセが全くなくビックリした。身や骨が高温圧力で柔らかくなった感じがなく、良い鍋でじっくりと豊かな熱量で炊いた質を持つ。魚は圧力鍋で煮ると内部から煮あがったようになりやすく特に骨にそれを感じるが、それがない。イワシの身が太くて丸く、皮が傷んでおらず、剥けたり切れたりもしていない。
お味。まずそのまま、プルトップを開けていただく。美味しい。酒も飯もとりあえず忘れて口へ運ぶ。12缶のうち3尾入りのが1缶あったが、イワシは腹から尾にかけて大ぶりの身が2尾入っている。煮汁にはけっこう脂があるが、そのまま飲んでもサラサラでしつこくない。これぞイワシのオメガ3脂肪酸だ。
お気に入りの小鉢に移し、電子レンジで温めて木の芽を添えてみた。これは……!このように優しく滋味に満ちたイワシ煮がまたとあろうか。こだわり抜くとここまでになるか。憧れる。ところで酒である。いつもはイワシにウイスキーハイボールを合わせることが多いのだが、これには日本酒の熱燗が最高。隣で美人女将が、おひとつどうぞとお酌をしてくれる。私もお酒いただいちゃおうかしら、と女将。なんて妄想も膨らむ。
そしてメシだ。炊き立ての銀シャリ、やはりこれが一番合う。イワシを煮汁ごと器に移し電子レンジで温める、そこまでは一緒。小さいフライパンに移しイワシに煮汁を絡ませながら炒り煮にする。イワシの脂が澄ましバターのように泡立ち身に絡む。きび糖と熟成醤油も香ばしく芳醇だ。煮詰まった煮汁が粘度のあるソースとなる。イワシの脂で表面に少し焦げ目がついたがそれも良い。皿にイワシを盛り、ソースをゴムヘラでこそげてイワシにかけて完成だ。今までに食べたことのない味わい。何もいらないが、敢えて加えるなら黒七味。残りの缶では温麺、パスタ、サンドイッチにアレンジ自在とみた。

ミニとろイワシ 12缶
¥3,888(税込)
カートに入れる
3つ目は大粒栗の渋皮煮だ。
渋皮みたいな箱に入って届いた。色つや、質感、考えられているパッケージだな~っと思う。栗は思った以上に大きい。一粒でこれだけなら、イガイガ全体ではグレープフルーツ玉くらいの大きさがあるのではないか。よほど選別するのだろう、形などまさに粒選り。そしてこの煮た蜜がまた価値ありだ。甘さの違う2つの蜜を使い分けているらしい。
そのままでいただく。しっとりで、ふっくら。幸せ。渋皮は味わいに深みを出しているように思うが、舌触りは気になるほどではない。栗の芯まで柔らかく煮ても、渋皮がギリギリのところで栗を守っているようだ。渋皮がなければ煮崩れてしまうのではないか。そして蜜。濃い蜜で煮れば飴みたいになってコーティングされてしまいそうなものだが、この2つの蜜の使いわけもギリギリである。

大粒栗の渋皮煮 2箱
¥4,200(税込)
カートに入れる
常温の大粒栗の渋皮煮はダークラムが良い。ラム酒はサトウキビの糖蜜液から作られる。ダークとはウイスキーやブランデーみたいに樽で熟成された琥珀色をした酒である。小さめのグラスに栗をいれダークラムをシングル(30ml)で注ぐ。蜜もティースプーンで軽く2杯入れる(7ml位)。グラスにラップして冷蔵庫で冷やした後よく混ぜ、グラスに入っている栗を食べながら飲む。栗を蜜と一緒に電子レンジで軽く温めるとまた違う。ビールも合うと思う。スタウトやIPAのように香ばしさや苦味があるビールだ。
大粒栗は豚ロースソテーにあわせてもまた白眉だ。お肉に軽く塩、コショウ(ホワイトペッパー)を振りフライパンでソテー。仕上げに、蜜大匙1と白ワイン大匙1/2で軽く煮詰めて、最後に温めておいた栗を投入して全体をからめ、ディナープレートに盛り付ける。栗は一粒でも贅沢に二粒でも、崩れてしまっても良い。冷した白ワインといただく。
余すところなく“ツマミ”と“おかず”を堪能した。どの品も素材の良さや調理技術、手間暇、愛情が本当に伝わってくる。作る人は凄いし、探し出してくる人も凄い。これこそがニュースだ。少なくとも私にとっては、文春マルシェ探索で新たな発見があった。
岸 久銀座・日比谷・先斗町スタア・バー店主
銀座の老舗バーで修行し、1996年世界カクテルコンクール優勝。2000年スタア・バー銀座開店。2008年「現代の名工」をバーテンダーとして初めて受章。2014年黄綬褒章受章。現在(一財)カクテル文化振興会理事長