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また会えた
英国流BLTサンドウィッチと
ジョン・レノンが愛した
鰻の中入り
延江浩
ラジオプロデューサー・作家

大学生の頃、毎週のように通っていたのが代官山ヒルサイドテラスにある「トムス・サンドウィッチ(TOM’S SANDWICH)」だった。友人の親がヒルサイドテラスの大家をしていて、彼女も時たまその店に姿を見せた。
学生にとってはかなりいい値段のサンドウィッチを僕がパクついたのは、キャンパスのアイドルだったその女友だちに会えたらいいなと思っていたこともある。痩せていて色白で、サラサラした髪の毛の美人だった。

そんなトムス・サンドウィッチだが、残念ながら一昨年店じまいで46年の歴史に幕を閉じてしまった。「だったらもうあの青春の味にありつけないのか」と思ったのが、店の定番だったBLT(ベーコン・レタス・トマト)だ。
そこいらのチェーン店にはとうてい真似できないボリュームとシャキシャキ感が忘れられず、これは自分で作るしかないと一念発起、懐かしのサンドウィッチにトライした。しかし、青山の紀ノ国屋でレタスやトマト、マヨネーズにピクルス、全粒粉のパンまで用意して作ってみたものの、肝心のベーコンがまるでダメだった。

もともとベーコンはイギリスの定番食材で、それを使うイングリッシュブレックファーストについて、文豪サマセット・モームが「イギリスで旨いものを食いたければ1日3回、朝食を食べればよろしい」と言ったとか。
それで思い出した。そういえば僕の勤めるラジオ局に程近い英国大使館から、朝、プーンと燻製の香りが漂ってきた。大使館員の朝食だったのだろう。自家製BLTに足りないものは、まさにこの香りだったのだ。

トムス・サンドウィッチの閉店からしばらく忘れていたが、思いがけない形でかの燻製の香りのベーコンに出会えた。文春マルシェで取り寄せた「スモークハウス白南風の燻製」のベーコンがそれだ。パンフレットには、「原木を燃やし、煙を操り燻す。孤高の職人がつくる唯一無二の味」とある。

スモークハウス白南風の燻製 2種
スモークハウス白南風の燻製 2種

燻製職人の青木章さんは島根・出雲大社そばの「年季の入った赤いレンガの燻製窯で、経験と勘で火加減をコントロールし、約8時間かけ」てたった一人で火に向かい、スモーキングを続けてきた。子ども時分から火が大好きで、自宅のかまどや風呂場で薪をくべ、それが高じて火山専門の研究家になってしまった。
燻製には市販の加工されたものではなく、伐採されて間もない楢と桜の原木を使う。より自然に近い薪には「まだ十分に樹々の命が宿っている。だから燻製にも息吹が宿る。俺はそう思う」と語る。ふむふむ。野趣とはこういうものか。そして、この野趣こそ英国紳士の嗜みなのではないか。

青木章さん

さて、いよいよ自家製BLTに再挑戦。全粒粉パンをトーストで3分。そこに僕の地元、三鷹の農家の採れたてシャキシャキレタスと真っ赤なトマト、それとフライドエッグを並べる。そこに、軽く炙り、厚めにスライスした白南風ベーコンを置いて……。
いやはや。これはこれは。まさに英国流サンドウィッチ。透明な肉汁がしたたり落ち、赤身からは旨味がじわり。朝の食卓に濃縮された燻製の、奥行きのある香気が漂った。
大人のBLTをほおばり、トムス・サンドウィッチでの日々を思い出しながら僕は実に幸せな気分になった。

BLT
BLT

そしてもう一品。冬こそ鰻だと僕が勤めるラジオ局のかつての会長から説明されたのは赤坂宮川だった。「夏に食べるというのは、実は平賀源内の戦略でな。江戸中の鰻屋から夏は売れなくて困っていると相談されて『土用の丑の鰻』を考えた」
調べてみると、旬は確かに秋から冬。冬眠に備え栄養を摂った鰻は身も皮も柔らかく、脂が乗って美味だという。そこで名水百選、高知の四万十川から取り寄せた。この流域の養殖場でシラスウナギのときから丁寧に育て上げた鰻である。

四万十うなぎの蒲焼きとちまきセット

日本人として初めてビートルズの単独会見に成功した音楽評論家、星加ルミ子さんによれば、ジョン・レノンは大の鰻好きだったという。 ビートルズが解散して何年かたった頃、銀座4丁目あたりで人だかりに遭遇した。人の輪の中心になんとジョンとヨーコがいた。
「ちょっと、星加さん」とヨーコが星加さんを見つけて呼んだ。
「私たちプライベートの時間なの。それを皆さんに説明してくれない?」
なんで私が説明しなきゃならないの? と思いながらも取り囲んだファンに説明、ジョンとヨーコは解放された。

銀座の夕暮れだった。「こうして再会できたんだから、私たちのホテルに寄っていかない?」と誘われて星加さんはリムジンに同乗した。
「ジョンが気に入っている食べ物をみんなで食べましょう」とヨーコが出前を取ったのが鰻重だった。「ジョンが嬉しそうに箸を割って、シャッシャッシャッて合わせて研いだりして(笑)」漆塗りの重箱の蓋を開けるとそこには「鰻、ご飯、鰻、ご飯」。
まさにミルフィーユ状態の豪華な鰻の中入りに、さすがジョンとヨーコだと感動しつつ星加さんも舌鼓。お茶はジョンが淹れてくれた。

それからまた数年経ち、彼らを囲むお茶会があった。ジョンとヨーコと、まだ赤ん坊だったショーンの3人で日本に滞在していた。
ホテルのリビングの大きなソファに横になったまま、ヨーコがジョンを呼んだ。「ねえ、ショーンの様子を見てきてくれる?」ジョンが「オッケー!」とショーンの寝ている部屋に姿を消し、「ヨーコ、ショーンは大丈夫だよー」と向うから声が。
「ずいぶんヨーコさんにこき使われているなぁって思ったわ」と苦笑しつつ「でも、ジョンはこの日本で居心地が良さそうでした」と星加さんは当時を回想した。「だってジョンは作務衣まで着ているんだもの。本当にくつろいでいてね。彼らはベターハーフ同士だった。ヨーコはジョンにアーティストとしての方向を見つけ、その力強さにジョンも気持ちよく牽引されていたんじゃないかしら」
ビートルズが解散し、ジョンがニューヨークで非業の死を遂げるまでの10年。その間の貴重なエピソードを星加さんが教えてくれたのは昨年暮れ。ジョンの死から40年経った冬の午後だった。

ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)

取り寄せた四万十川の鰻で、せっかくだから中入り丼を作って食べることにした。
うん。ああ。美味しい。
あっさりしたタレと柔らかな身と皮。程よい脂と、四万十川の清流ならではの爽やかな香り。ジョンも楽しんだ鰻の中入りをステイホームの自宅でしみじみ味わい、食卓のオーディオでジョンとヨーコの『ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)』を繰り返し聴いた。

延江浩

profile

延江浩ラジオプロデューサー・作家

1958年東京生まれ。TOKYO FM『村上RADIO』ゼネラルプロデューサー。著書に『アタシはジュース』『いつか晴れるかな 大鹿村騒動記』『愛国とノーサイド』、企画・編纂として『井上陽水英訳詞集』(ロバート キャンベル著)。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、日本民間放送連盟エンターテインメント部門最優秀賞、文化庁芸術祭ラジオ部門優秀賞、ミュージック・ペンクラブ音楽賞など受賞。

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