凪の担々麺と味坊の羊肉串で
味覚の旅へ秋山都
編集者、文筆家、ライフスタイルジャーナリスト
こどものころから、本を読むのが大好き。おいしい風景を描いたものはもっと大好き。
たとえば『大草原の小さな家』の、来る冬にそなえて1頭の豚を解体するくだり。ソーセージやヘッドチーズなどさまざま保存食を作るのだけれど、それは近隣(といってもアメリカ開拓時代の隣家はそんなに近くない)の人々を巻き込んで、ちょっとした祝祭のような賑わいを感じさせるシーンだ。この日、主人公の少女ローラと姉のメアリーが楽しみにしているのは「豚のシッポ」。大人は豚の解体と料理で忙しいため、こどもには毛をそぎ落としたシッポだけが渡されるのだ。先がクルンと巻いてかわいらしいシッポを小枝に突き刺し、熾火でじっくりと焙る……こんがり焼けたシッポから透明な脂が垂れて、ジュッと音を立てたら焼き上がりのサイン。薄く白くあがる煙と肉の香りに誘われ、姉妹は熱いシッポを取り合うように齧るのだった。
ほかには森茉莉のロシア風サラダや、幸田文の牛タン、内田百閒の「おからでシャムパン」、石井好子のオニオングラタンスープ、向田邦子の、古川ロッパの……最近では韓国現代文学にハマり、食べたことのない(そして今は簡単には行けない)韓国の美味に想像をめぐらし、時には自分でつくり、つくれないものは取り寄せて「ああ、おいしい」と喜んでいる。
自分でつくった料理は我が身可愛さもあって何でもそこそこにおいしいが、「お取り寄せ」は自分の身の丈を超えた、“外”の味や香りを運んできてくれるからワクワクする。そして私の楽しみは、まず同梱されてくる「作り方」をじっくり読み込むことから始まるのだ。

マルシェ限定 「ラーメン凪」の担々麺 汁なし4食
¥3,456(税込)
カートに入れる
たとえば、「ラーメン凪」の「担々麺汁なし」に記載されている【1食に入っている内容】には
①花椒 痺れをお好みで調整できます。
②ターサイ 味の決め手に。
③特製挽肉 タレ、麺に合う特製味。
④ラー油 辛みをご調整ください。
⑤汁なしに最適な中太麺タイプ180g
⑥汁なし担々麺ごまダレ
とある。
このなかで私が気になるのは「ターサイ」だ。同紙に書かれている作り方では、この「ターサイ」をどのタイミングで加えるのだかよくわからないのだが、まあとりあえずごまダレと麺を絡めるときに入れればいいか。でも、まずターサイって何よ? と調べてみたら、搨菜と書くのだそうだ。小松菜や青梗菜にちょっと似ている青菜を漬けたものが、小分けにして添えられているようだった。少しつまんでみると、ほどよい発酵で旨味が強い。これ、少し残しておいて、今夜の中華風冷や奴に乗せてみよう。また次の日は納豆に混ぜてみようかなと、一度の取り寄せを2度、3度にも分けて展開し、味わいつくそうとする。
またある日は「味坊」の名物料理である「羊肉串」を取り寄せた。説明書には「焼きすぎるとおいしくありません。肉の中心が少しだけピンクぐらいで仕上げると完璧です!」とある。
この文尾の「!」がいい。作り手の、おいしく食べてほしいという熱意が伝わってくる。
焼きに入る前に、まず準備したのは、パクチー、青唐辛子、ニンニクのサラダだ。「パクチーサラダ」の名前で「味坊」の人気料理(ホンモノにはキュウリや長ネギも入る)でもあるのだが、これを羊串と一緒にワシワシ食べるのがたまらないのだ。自作することで、量を気にせずたっぷりとトッピングできるのがうれしい。

「味坊」の羊肉串 20本セット
¥4,000(税込)
カートに入れる
さあ、いよいよ焼いてみよう。「ご家庭で焼く場合は、BBQの炭火やホットプレートなどをご利用ください。また、魚焼きの網などで焼いてもおいしく召し上がれます。気軽でおいしいのはフライパンです」とあったが、まずは1本を手で持って“近火の強火”(「鳥しき」スタイルだ!)で焼いてみた。途中、串が熱くなるのでアルミホイルを巻き、根気強くガス火にかざし続ける。と、芳しい羊の香りが漂ってきたころ、脂がジュッとコンロに落ちた。ああ、これ! 『大草原の小さな家』を読んでいたこども部屋の壁紙や、祖母の茶の間のこたつ布団、みかんの食べ過ぎで黄色くなった小さな手までも思い出し、身体がシュルシュルと10歳の少女に縮んだような心持ち。煙いせいだろうか、涙も出た。頃合いを逃すわけにはいかないので、すぐに気をとりなおして、一番おいしいロゼの焼き具合でその1本を食べたけれど。そして、残りの串は無難にフライパンで焼いて、パクチーサラダとともに堪能したけれど。人はどこにいても、記憶の旅に出ることができる。読んで、食べて、今夜はどこへ旅しようか。
秋山都編集者、文筆家、ライフスタイルジャーナリスト
1969年東京生まれ。女性ファッション誌やライフスタイル誌の編集長を歴任後、「アマゾンジャパン」ファッションエディトリアルディレクターを経て独立。自身の住む谷中、根津、千駄木地域の魅力を発信するプロジェクト「rojiroji(ロジロジ)」をパートナーとともに主宰。好きな分野に食、酒、酒場、旅、犬、馬。