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美味いカツオは
匂いを嗅いだだけで
口の中に唾液がたまっていく
馳星周
作家

妻は大のカツオ好きなのである。初ガツオでも戻りガツオでも、カツオのシーズンになると、カツオ、カツオを買い出しに出かけるわたしを急き立てる。おそらく、魚の中では一番好きなのだろうと思われる。
ちなみに、我が家の食事担当はわたしだ。人間と、大型犬二頭の食事を毎日作っている。

文春マルシェに、藁焼きならぬ松葉焼きのカツオの叩きがあることを、たまたま見つけた。
うむ。
これまで、散々藁焼きの叩きは食べてきたが、松葉焼きというのは初見だ。
わたしが暮らす長野の軽井沢は松の木が多く、秋になって風が吹くと、針のような松の葉が無数に降ってきて髪の毛や衣服の中に潜り込んできて往生する。枯れ葉の掃除も他の落ち葉に比べれば大変で、犬の散歩の後などは、家の中のあちこちで松の枯れ葉が見つかって、妻は掃除に大忙しだ。
あの松の葉を使って焼いたカツオか。どんな香りがするのだろう。
そう思うといても立ってもいられなくなり、妻に報告した。
松葉焼きのカツオの叩きがあるんだけど。
買って!!
間髪入れずというのは、このときの妻の対応を言うのだろうなあ。
早速注文して、配達されるのを今か今かと待った。わたしではなく、妻が。

数日後、叩きが届いた。背中の部分と腹の部分の身が別々に梱包されている。もちろん、両方一緒に食べるのだ。
同封されていた食べ方を書いた紙には、タマネギのスライスを下に敷くとなおよろしいとある。
おお、ちょうど新タマネギのシーズンがはじまったところではないか。
早速新タマネギを薄くスライスして、その上にいくぶん厚めに切ったカツオを載せた。さらにはニンニクのスライスと青ネギを散らし、一緒についてきたタレをまわしかける。
食べる前に匂いを嗅ぐ。確かに、藁焼きとは違う香ばしい匂いではないか。匂いを嗅いだだけで口の中に唾液がたまっていく。

昔造り鰹のたたき

「いただきます」
夫婦で唱和し、まずは背の部分を口に運ぶ。
うまい。
松葉の香りがいいのはもちろんだが、カツオ自体がこの上なく美味しい。肉質が上等で、旨味が強いのだ。
次は腹の部分。こちらは、脂が多めで濃厚だ。だが、新タマネギと一緒に食べるとしつこさはまったく感じない。
美味い、美味いと箸が進み、気がつけば、あっという間に平らげていた。

「リピート決定」
食後に妻が言った。
はいはい。わかっておりますよ。
さっそく、再注文したのは言うまでもない。

馳星周

profile

馳星周作家

1965年北海道生まれ。出版社勤務を経て1996年『不夜城』で作家デビュー、第18回吉川英治文学新人賞を受賞。『鎮魂歌―不夜城』で第51回日本推理作家協会賞、『漂流街』で第1回大藪春彦賞を受賞。2020年に『少年と犬』で第163回直木賞受賞。

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