居酒屋の肴、家飲みの肴
コロナ禍で家飲み続き。私の家飲みにはいくつか定番の肴がある。
一番好きなのはかつおのタタキ。はるか昔に高知の居酒屋で知ったそれは、金串しサクを、燃え上がる藁の炎に突っ込んでぐるぐる回して炙り、回りは白く焦げ、中はまだ生で赤いのを厚切り。ニンニクや刻み葱、大葉(高知では青蘇という)の薬味を加え、ぽん酢醤油(同ちり酢)をかけ、ピタピタと叩くのでタタキと言う。刺身というものは何もせず山葵醤油だけで、というびくびくした概念を打ち破るダイナミックな調理に土佐高知のパワーを知った。

昔造り鰹のたたき 2本
¥5,400(税込)
カートに入れる
その後も何度も行き、たっぷりの玉葱スライスに乗せる「四万十風」を知って、以来それが家で食べる基本になった。季節になると東京のスーパーでも焼いたサクを売っているが、高知から送ってもらうパックのにはかなわない。それは焼藁の香りだ。
文春マルシェで取り寄せた「昔造り鰹のたたき」の説明書にこうあった。
土佐 松葉焼かつおたたき 古来土佐では海の人は松葉、山の人は茅(ススキ)を火種に選び、かつおのたたきを作っていたそうです。私たちは昔の人に習い、香りのいい松葉を火種に選び、昔ながらの手焼きにこだわり続けてきました。焼き続け35年。いつしか「松たたき」と愛称で呼ばれ……
なるほど。真空パックのサクはずしりと重い。さっそく新玉葱をたっぷり敷いた丸皿に、厚切りを平ベたく同心円に並べ、ニンニクスライスをたっぷり貼り付け、添付の「特製タレ」をかけまわした。ここでピタピタと箸で押さえ叩き、数分待つのが肝心。ビールをぐーっと飲み干し、おもむろに一切れ。
……むむ、むむむ、むむむむむ
今は初かつおか。その爽やかな身に、松葉はヤニ分を含むためか、炙りは煙の薫香をもち、焼藁の軽快な香ばしさとはちがう濃度がある。タレもぽん酢の単純な甘味酸味ではない、みりんを加えたような味わいがする。これは力強いコクのあるタタキだ。製造は「四万十川物産」。これが正調「四万十風かつおタタキ」だったのか。

明石鯛の漁師漬け 5袋
¥5,400(税込)
カートに入れる
家飲み定番肴その2は自分で作る、自称「鉄火まぐろ」。
作り方は簡単。スーパーで買ったまぐろ赤身の刺身を、柚子胡椒を溶いた醤油に漬け、15分ほどで取り上げ、刻み海苔を少し散らすだけ。
これはうまいですぞ。私にはご馳走の部類で日本酒お燗に最高。中トロはだめ、赤身でないと。要するにまぐろのヅケ。翌日はよく漬かったのをごはんに乗せ、まぐろ茶漬けだ。
文春マルシェで取り寄せたのは「明石鯛の漁師漬け」。
平凡ですが魚の最高峰は、味、気品ともに、やはり鯛。そして明石がベスト。
明石海峡は大阪湾、播磨灘、淡路島に囲まれ、魚は速い潮流に身が引き締まり、脂乗りよく、その「昼網」は地元で「まえもの」と呼び、春は「桜鯛」、秋は「紅葉鯛」だ。港に近い明石「魚の棚」商店街にある、日本一の立ち飲み「田中」でいただいた明石鯛はすばらしかった。以来、鯛は明石です。
マルシェから届いた青い箱の明石海峡からの天然の恵み が心強い。中は透明パックが5袋。皮をうすく剝いた紅白の刺身が、薄茶色のたれに4~5切れ入っている。大葉を敷いた皿に並べると、刺身一切れは案外大きく、背身も腹身もある。燗酒を準備して、まず一切れ。
……うま、うまうまうま、うまい~!
刺身の透明感を保った、漬けたれは、酒の肴にはちょうど良いか、やや濃いかはご飯に乗せたときを考えているのだろう。その味は、素人手製・鉄火まぐろとは、平侍と公家くらいに格がちがう、いやこれは関西の大旦那の食べるものか。昔から関東はまぐろ、関西は鯛 と言うのだった。箸をぶんぶんさせ、合間の酒のうまいことうまいこと。
翌朝、もう1袋を熱々のご飯に乗せ、刻み海苔をかけた「漬け丼」がまた結構。後半はお茶をかけて「鯛茶漬」と考えていたのをすっかり忘れてかっこんでしまった。また頼もう。
太田和彦グラフィックデザイナー、作家
1946年、中国・北京生まれ、長野県出身。資生堂宣伝部デザイナーを経てフリー。グラフィックデザイナーのかたわら、旅、居酒屋などの著作多数。『ニッポン居酒屋放浪記』『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』など。近刊『70歳、これからは湯豆腐——私の方丈記』