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昭和の子どもが
舌なめずりする
プライムリブと甘エビ
福澤徹三
作家

ローストビーフはまずい。
ずいぶん長いあいだ、そう思いこんでいた。わたしが子どものころ――昭和四十年代の食卓には、そんな気のきいたものはでてこなかった。ローストなんとかといえば、クリスマス(イブとは限らない)に父親がどこぞでもらって帰る、骨に銀紙を巻いた冷たいローストチキンしか知らない。
いま思えば、わが家の食生活はつましかった。回転寿司やファストフードがない時代だけに、寿司といえば太巻と稲荷ばかりで、握り寿司はめったに食えない。食卓にのぼる肉は鯨肉がやたらに多く、ベーコンエッグはふちが赤い鯨ベーコン、ステーキも筋が多くて噛み切れない鯨の赤身だった。いまでこそ鯨は貴重だが、当時はもっとも安価な肉だった。
ローストビーフをはじめて食べたのは、たぶん成人してからだろう。パサついたチャーシューのように硬く、塩辛いだけで旨みもない。それ以降もローストビーフと称するものを何度か口にしたが、どれも似たり寄ったりだった。洋画や海外ドラマで、外国人がうれしそうに食べているのを観るたび、どうしてこんなものをありがたがるのか不思議だった。
それが払拭されたのは、小説で口を糊するようになってからである。あれは十数年前だったか、東京會舘でなにかの文学賞のパーティがあり、その席でローストビーフがでてきた。わたしが例によって箸をつけないでいると、知人の作家がしきりに勧める。
「ここのは旨いから、食ってみなよ」
半信半疑で食べてみたら、実に旨い。のちに名店「ロッシニ」のスペシャリテだと知った。料理がらみの小説など書いている身でうかつだが、それ以来ローストビーフへの興味が復活した。

ロウリーズ・ザ・プライムリブ 厚切りプライムリブとマッシュドポテトの詰め合わせ
ロウリーズ・ザ・プライムリブ 厚切りプライムリブとマッシュドポテトの詰め合わせ
¥14,040(税込)
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本物のローストビーフは旨いものだと知ってから、それなりに食べ歩いてきたので、ロウリーズ・ザ・プライムリブのことは以前から知っていた。ロウリーズ・ザ・プライムリブは、1938年にアメリカのビバリーヒルズで創業したプライムリブ専門店である。
公式サイトには「プライムリブとは、特製スパイスで味付けした骨付きリブを、長時間かけてじっくり焼き上げたアメリカンスタイルのローストビーフです」とある。興味はあったものの、いままで店にお邪魔したことはない。
このたび本稿の依頼があったのを幸い「厚切りプライムリブとマッシュドポテトの詰め合わせ」を取り寄せてみた。プライムリブの作りかたは、24時間の自然解凍を経て真空パックのまま、50度のお湯で20分温めるだけと簡単だ。1ポンドの肉のボリュームに圧倒されるけれど、どかんと切りわけても大丈夫。ゲストの皿にサーブしてから、各自で好みの厚さに切ればいい。
まずは付属のオ・ジュソースをかけ、ひと口食べて陶然とした。バラエティ番組の食レポで「お肉がやわらかーい」と感嘆するのはお約束だが、このプライムリブはただくにゃくにゃとやわらかいのではない。赤身と脂身のバランスが絶妙で、適度な歯ごたえがありつつも、口のなかでとろけていく。なおかつ肉の旨みがたっぷりで、みずみずしい肉汁があふれでる。牛肉や牛骨でとったスープにハーブとポートワインを加えたオ・ジュソースで、上質なアンガス牛の美味しさが一段とひきたつ。
これも付属のホースラディッシュを載せたり、創業者がブレンドしたというロウリーズ・シーズンド・ソルトをかけたりして味の変化も楽しめる。サイドディッシュのマッシュドポテトは、しっとりなめらかな舌触りで、じゃがいも本来の旨みが生きている。

これぞ求めていた甘エビ

ローストビーフだけでなく、わたしは甘エビにも偏見を持っていた。
子どものころの食卓に甘エビはむろん登場しない。エビといえば両親が披露宴でもらって帰る折詰に入っているくらいで、あおぎ見るような存在だった。そんな調子だから、はじめて食べた甘エビはすこぶる旨かった記憶がある。が、食いしん坊の浅ましさ、しだいに舌が肥えてきて、甘エビならなんでもいいというわけにはいかなくなった。
外食ででてくるのはまだしも、スーパーで買ってまでは食べない。たいてい鮮度がいまひとつだし、わたしは無精者のわりに神経質だから、あのシッポが苦手である。シッポから身を噛みちぎるときの、ギザギザした殻の感触が厭なのだ。といって、手でちぎるのもリスクが高い。身がすっぽり抜ければいいけれど、途中で切れたらギザギザをしゃぶるはめになる。そのころには指先がもうべちゃべちゃだ。皿に残ったシッポの山も見た目が悪い。

三国湊 甘海老てんこ盛り
三国湊 甘海老てんこ盛り
¥5,480(税込)
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わたしの愚痴はともかく「三国湊 甘海老てんこ盛り」は、福井県を代表する明治創業の老舗旅館「望洋楼」が福井県沖の新鮮な甘エビだけを使い、熟練の職人が一匹ずつ手むきしているという。超低温冷凍で保存するから鮮度は抜群で、ぷりぷりした食感と濃厚な甘さは、とても冷凍とは思えない。さらにいまいましいシッポがないから、まるごと食べられるのがうれしい。
これぞ求めていた甘エビである。
量もたっぷりで「甘海老てんこ盛り」の名に偽りはない。甘エビの頭を煮込んで作る特製醤油をからめると旨さが倍増するが、わたしはもっと欲ばって、おろしたての生わさびと刻み海苔を添える。その味はいわずもがな。

プライムリブと甘エビ、どちらも安価ではないが、凡百の料理店を凌駕する味を自宅で楽しめるのは時代の恩寵である。これらを肴に一献かたむければ、至福の時が訪れる。昭和の子どもも、すっかり贅沢になったものだ。

福澤徹三

profile

福澤徹三作家

1962年、福岡県生まれ。2008年『すじぼり』(角川文庫)で第10回大藪春彦賞を受賞。ホラー、怪談実話、クライムノベル、警察小説など幅広いジャンルで執筆。『東京難民』(光文社文庫)は映画化、『白日の鴉(からす)』(光文社文庫)はテレビドラマ化、『Iターン』『侠飯(おとこめし)』(文春文庫)はテレビドラマ化・コミック化された。

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