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父の日のプレゼントは
これで決まり。
天然を越えた宇和海産の
養殖マグロ
俵万智
歌人

昨年は、我が家にとってちょっとした節目の年だった。春に息子が大学生になり、東京で一人暮らしを始めた。私は秋に、高齢の両親が住む仙台へ引っ越した。
杜の都は、街路樹が美しい。仙台の秋は、欅の紅葉や銀杏の黄葉に縁どられていた。ゴールデンウィークに訪れたときは、新芽の緑がまぶしかったことを思い出す。日当たりのいいところから色づいていくことは、タクシーの運転手さんに教えてもらった。秋がくれば葉の色が変化するように、人もまた時間の流れには逆らえない……そんなことを思うのは、やはり両親のそばにいるからだろう。
子育て中心の暮らしでは、自分の子ども時代を振り返ることが多かった。絵本を読んだり、友だちと遊んだり、朝顔を育てたりすることの意味など、子ども自身は考えていない。親になってはじめて、その一つ一つの意味合いを噛みしめた。

子育ては子ども時代をもう一度
味わうものと思う朝顔

それは、人生のおさらいのような日々でもあった。いっぽう、老いてゆく両親を見ていると、これは予習なんだなと感じる。

人生の予習復習 親といて
子といて順に色づく紅葉(もみじ)

仙台に来て間もないころに詠んだ一首だ。現在九十歳の父と、八十六歳の母。外出は、ほとんどできないので、買い物や病院の付き添い、家事等のサポートをしている。
食事は数少ない楽しみなので、食材は奮発する主義だ。時々デパ地下のレシートを見て「あなたは、ほんとうに気前がいいわね」と母があきれるくらいには贅沢をしている。外食することを考えれば、たまにはこれくらいいいよね! というのが私の基準だ。
悩みの種は、父の歯が悪くなってしまって、やわらかいものしか食べられないこと。だんだん調理のコツを会得するなかで、息子の離乳食時代を思い出した。することは似ているが、しかし精神的には、あの頃のほうがキツかった気がする。毎日がおっかなびっくりだったなあ……ハチミツはダメとか、果汁は早すぎるとクセになるとか、歯茎で押しつぶせるくらいってどんな感じ? とか。意思の疎通ができるだけ、老人のほうがいいなとも思う。おいしいとか、まずいとか、もう少し固くても大丈夫とか、ちゃんと言ってくれるぶん気が楽だ。

かなりイケてる寿司屋で
ごちそうしてもらった
経験もあるが

そんな父の大好物は、マグロの刺身。時間がないときの夕飯は、デパ地下の寿司(仙台のレベル、めちゃくちゃ高いです)で済ませることもあるのだが、父には寿司飯が固いので、家で炊いた柔らかいご飯にマグロの刺身を組み合わせる。ぶっちゃけ上握りよりも高くつくのだが、食卓を見た時の「お!」という父の笑顔が素晴らしいので、よしとする。今年の誕生日も、リクエストはマグロの刺身だった。
ところで、仙台に引っ越した秋から年末にかけて、私はNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組の取材を受けていた。それが二月に放送されて、番組を見てくれた文藝春秋の担当者と雑談をしていると「そういえば、文春マルシェというお取り寄せのサイトに、同じ“プロフェッショナル”に登場した人のマグロがありますよ」とのこと。

だてまぐろ 詰め合わせ
だてまぐろ 詰め合わせ
¥9,720(税込)
カートに入れる

なんですと? マグロ? しかもプロフェッショナルのマグロ!? 私のあまりの食いつきの良さに、相手は驚いていたが、マグロと聞いては興味を持たざるをえない。さっそく調べてみると「宇和海産だてまぐろ」がヒットした。NHKオンデマンドで、その番組もチェック。気の遠くなるような手間隙と情熱を注いで、天然を越えるマグロを育てる男の物語である。海に設けた生け簀の波立ちを見ただけで、マグロの様子がわかるというその人のまなざしに、胸が熱くなった。
なかなかのお値段ではあったが、番組を見た後だったので納得して注文した。そして実際に味わってみて、いっそう納得した。かなりイケてる寿司屋でごちそうしてもらった経験もある私だが、こんなに美味しいマグロってあったっけ? と思うほどである。両親、特に父の喜ぶ顔が、美味しさを倍増させてくれたということはあるかもしれないが。ふだんは寡黙な父が、数秒おきに「うん…これは…うん…」と頷いている。私自身、刺身に「キメ」というものを感じるというのも、初めてのことだった。
解凍の手順が、ことこまかに書いてあるのが、実はちょっと面倒に感じたのだが、あれだけ慈しんで育てたマグロなのだから、そりゃそうだよねとも思う。切り分けた後に、さらにラップをかけて冷蔵庫に入れておくと発色がよくなるとか、そこまで書かれている。鮮度が良すぎるので、発色に時間がかかるのだとか。言われたとおりにしてみると、本当に鮮やかな色になって、これも楽しい経験だった。
今年の父の日は、このマグロで決まりだなと思っている。

俵万智

profile

俵万智歌人

1962年大阪府生まれ。早稲田大学在学中に佐佐木幸綱に出会い作歌を始める。87年第一歌集『サラダ記念日』を出版、ベストセラーとなる。翌年同歌集で現代歌人協会賞受賞。歌集に『チョコレート革命』『プーさんの鼻』(若山牧水賞)『未来のサイズ』(迢空賞・詩歌文学館賞)など。「現代短歌の魅力を伝え、すそ野を広げた創作活動」により2021年度朝日賞受賞。

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